10111101武井 耕一
2019.11.11 自分史・家族史「証 2019.11.3」 投稿者:武井 耕一
主の業を成すとき与えられる助け
11月下旬からフィリピンに赴任することになりました。海外赴任はこれで四回目になりますが、過去三回の赴任が人事異動の一環であったのと異なり、今回はこれまでの勤務先を退職し、転職先で仕事を始めることになります。
転職先による採用面接は、9月にフィリピンで行われました。月曜日に移動し、火曜日は終日面接、水曜日の午後に帰国という日程でした。火曜日の夜にマニラ神殿に参入でないかと思い、事前に調べたところ、夜7時のセッションがあることが分かりました。面接当日、夕方5時頃に全ての予定が終了し、急いでホテルに戻り、荷物を置いて、神殿に行くためにタクシーをフロントで依頼しました。ホテルの前で待っていましたが、道路の混雑のせいか、なかなかタクシーが捕まりませんでした。しばらく待ってもタクシーが来ないので、このままでは7時のセッションに間に合わなくなると考え、ホテルから神殿まで歩くことにしました。神殿の位置や距離は予め調べてあったので、すぐに歩き始めました。
30分くらい歩いたところで、一台のトラックが歩道を歩いていた私の横で止まりました。「神殿に行くのなら、乗りなさい。」私は、相手が誰かも確認せず、荷台の後ろからトラックに乗りました。運転手の近くまで進んだところで尋ねました。「なぜ私が神殿に行くところだと分かったのですか。」運転手は、言いました。「この道をスーツ姿でネクタイを締めて歩く人は他にいない。」確かに9月のマニラはまだ暑く、周りの歩く人たちは半袖姿でした。トラックは、神殿に到着し、そこには神殿参入を終えたと思われる専任宣教師たちが待っていました。そのトラックは、神殿と市街地の移動を助けるシャトルだったようです。
このような経験は、以前赴任したラオスでもありました。二度目のラオス赴任の直後でまだ車がない時期に私は歩いてアパートから教会に向かっていました。歩いている途中、バスが私の横で止まりました。そのバスは、村の人々のために支部がチャーターしたバスでした。中に乗っていた会員が私のことを覚えていたようで、バスを止めて私を乗せてくれました。
私たちが神様の御心を行うと決心し、行動するときに助けが与えられることを証します。
- 素晴らしい経験を紹介してくださって、有難うございます。フィリピンに赴任が決まり、おめでとうございます。前にラオスで経験されたことを聖徒の道で読んで、感動致しました。兄弟のことをこの度出版しました「日本末日聖徒人物誌」に掲載させていただきました。赴任される前にお届けしたいと思います。送付先を私宛教えていただけますでしょうか。jiro.nmn67@yahoo.com までお願い致します。 -- 沼野治郎 2019-11-12 (火) 17:20:36