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2014.01.13 創作短編「子どもの夢を壊す物語」 投稿者:昼寝ネコ

Doble Concerto para Bandoneón y Guitarra Astor Piazzolla II. Milonga

子どもの夢を壊す物語
 
 
昼寝ネコ
 
 
 
「ニューヨークタイムズの記者様、サンタクロースって
本当にいるんでしょうか?」

・・・たくさんの大人たちが
子どもの無邪気なこの質問で始まる作品を
読んだことがあると思います。
誰だって子どもには夢を持ち続けてほしいと願うものです。
なので、子どもの夢を壊さないよう、決まっていうのです。
「ああ、サンタクロースは本当にいるんだよ」って。
サンタクロースについては、いろいろな伝説があります。
ですが、誰も本当のことなど知りはしないのです。
私は知ってるんですよ。
でもね、本当のことをいうと、新聞社の記者様が
やれ、子どもの夢を壊しただのと書き立てて、
悪者扱いするに決まっていますから、黙っていました。

人間は歳を重ねると、だんだん秘密を持ち続けるのが
苦痛に思えるものなんです。
私は、紀元前からかれこれ三千年近く生きていますので
忘れたくても忘れられないことや、いいたくても
いえないことが実に多くなってしまいました。
なので、少しずつ人にいえないような真実を
公開しようと決心したのです。
今日はとりあえず、サンタクロースの発祥の
本当のお話をしたいと思います。
私のお話を聞けば、子どもの夢を壊すだなんていう
非難がましいことはいえないだろうとも思うからです。

前置きはこれぐらいにしましょう。

とてもとても古い時代のお話しです。
北欧の、しかも北極圏に近い雪深い地方に
赤茶色の石でできた小さな建物がありました。
正確なつづりは忘れましたが「サン(聖)・クロース」
という名前の学校でした。
その学校に入学できるのは、先祖代々、ある一族の
血統の子どもたちだけだったんです。
伝統と格式を重んじ、厳格な教育方針でした。
日本の学校制度でいえば、小学校1年生から
6年間の授業を受けます。
いくつもの外国語、いろいろな国の歴史、
世界中の地理、植物学その他、大人でも
大変と思えるようなカリキュラムでした。
しかも、6年目の冬には卒業試験があったんです。

子どもたちは、それぞれの家から歩いて
30分ほどの試験会場に集められました。
試験会場といっても、着いてみたら
子どもたちなら誰もが欲しがるような
トナカイの毛で編んだセーター、
北極熊の毛皮で作った温かい靴、焼きたてのお菓子、
オーロラを凍らせたような飴菓子、
白樺の木の皮で作った防寒ジャケットなどが
ずらりと並んでいたのです。
ですから集まった子どもたちは目をみはりました。

さて、当時の卒業試験の様子をお教えしましょう。
まず、試験を受ける子どもたち全員に大きな袋が
渡されるのです。麻で編んだ袋で頑丈なのですが
少し重いんです。
試験官の先生は、欲しいものを袋に入るだけ
詰めるように命じます。そして、それを
自分の家に持ち帰り、自分のものにしていいといいます。
大喜びの子どもたちは、歓声を上げ、ひとつひとつ
選んでは袋に入れました。
袋が大きくふくらんだことはいうまでもありません。
そこで試験官は卒業試験の内容を告げます。

1.村まで歩いて約30分の距離ですが、袋が重いので
 休み休み歩き、きっかり1時間以内に家に戻るように。
 そうすれば、袋の中に入れたものは全て自分のものになる。
2.家に帰る時間が、1時間をちょっとでも過ぎてしまったら
 袋の中身はあっという間に空になってしまう。
3.ソリやスキーを使わずに、必ず自分の力で
 家まで歩いて帰ること。

たったそれだけの試験内容だったのです。
あまりにも簡単すぎて、子どもたちはあっけにとられました。
6年間、頑張って勉強したごほうびなのだろうと
誰しもがそう考えました。
その日は12人の子どもたちが、試験を受けました。

さて、やがて号令がかかり、子どもたちは
喜び勇んで家に向かいました。
でも、12月のその時期は雪が深く積もっており
なおも降り続く雪が、子どもたちの足をさらに重くしました。
誰もが5分も歩かないうちに、息が切れ
手がかじかみ、足の感覚もなくなってきたのです。
休み休み、時間を気にしながら家に向かいました。

村に帰る途中、道ばたに座り込んだおばあさんがいました。
歩けなくなったようで、あまりの寒さのために目を閉じていました。
サローヤンという男の子が、そのおばあさんの前を通りました。
1時間以内に家に帰らないと、袋の中のものは空になる。
そう思ったので、黙って通り過ぎました。
でも気になって振り返ると、雪がおばあさんの
肩や頭を覆い始めていました。
サローヤンは、その様子を見て引き返しました。
そして袋の中から、トナカイの毛で編んだセーターを
取り出すと、おばあさんが着られるように手を貸しました。
さらに、森でとれた乾燥果実をたっぷり入れて焼いた、
まだ温かいフルーツケーキをおばあさんに手渡しました。
おばあさんは何もいわず、でもサローヤンを
笑顔で見つめました。

さあ時間がない。サローヤンは雪道を家に向かいました。
吐く息が白くなって見えました。雪で視界も遮られました。
少し歩くと、小さな男の子と女の子が泣いており、
そのそばには、お母さんらしき人が子どもたちを
抱きかかえるようにしているのが見えました。
お母さんは、すぐそばのお店で買った木彫りのリスを
手に抱えていました。三人とも何か悲しそうだなと
サローヤンは思いましたが、家まではまだ距離があります。
重い袋を背中に担ぎ、三人の前を通りかかりました。
そのとき、お母さんが子どもたちにいうのが聞こえました。
「ごめんね。お父さんの薬を買ったので、木彫りのリスは
ひとつ分しかお金が残っていないんだよ」
サローヤンの耳には、お母さんの言葉がはっきりと聞こえました。
と同時に、袋の中に入っている木彫りのリスのことを
思い出しました。一瞬、いくつかの考えが頭の中を
駆け巡りました。時間が無い、袋の中が空っぽになってしまう、
木彫りのリスをふたつ買ってあげるって約束してたんだろうな、
お父さんは病気なんだ・・・ほんの一瞬のためらいはありましたが
サローヤンは袋を足許に下ろし、中からリスを取り出しました。
そして三人に近づき何もいわず、お母さんに手渡しました。
三人は驚いたまま、感謝の言葉をいうこともできませんでした。

サローヤンは複雑な気持ちでした。
自分の弟や妹、それに父親や母親にあげようと楽しみにしていた
袋の中の品物を、すでにいくつか
見知らぬ人にあげてしまったからです。
村に向かって歩くサローヤンに、さらなる試練が何度も
待ち受けていました。
どういう訳か、見過ごすことのできない人たちが、
次々とサローヤンの前に現れるのです。その都度、サローヤンは
袋を開けてその中から、その人たちが必要とするものを
差し出したのです。子どもでしたから、自分のものがどんどん
減っていくことを実感し、徐々に心が重くなりました。
でも、その分、背中の麻袋はどんどん軽くなりました。
当たり前ですよね。

やがて自分の家が見えるところまでやって来ました。
サローヤンの背中には、空っぽの麻袋がだけがありました。
出会う人たちのために時間を使い果たしので、約束の1時間は
もうすでに過ぎてしまっていました。
時間には遅れてしまい、家には何も持ち帰ることが
できなかったのです。卒業試験は大失敗でした。
そう考えると、悲しくて悔しくて、
サローヤンは泣きながら家に入りました。

お父さんもお母さんも、何もいわずサローヤンを
迎え入れました。お母さんは背中をさすってくれました。
「ごめんなさい、みんなに何も持って帰れなくて」
そこまでいうのが精一杯で、サローヤンは
声を上げて泣き出してしまいました。
妹が、残念そうに、麻袋の中をのぞきこみました。
そして手を入れ、袋の中から何かを取り出すと
お父さんに手渡しました。小さな封筒でした。
お父さんは中を確かめず、サローヤンに手渡しました。
怪訝な表情でサローヤンが封筒を開けると、
中には小さなカードと一緒に、純金のプレートが
入っていました。プレートには文字が刻まれていました。
「サン・クロース基礎コース修了証」
そしてカードには、このように印刷されていました。
「自分のことだけを考える人は自分を失い
人のことを思いやる人は自分を見いだす」
サローヤンは、何が何だか分かりませんでした。
でも、お父さんとお母さんは卒業試験の本当の目的を
ちゃんと分かっていました。
サローヤンが、道ばたで出会った人たちを無視するか
あるいは自分の大切なものを、その人たちに
分けてあげるかをテストされていたのです。

これで、卒業試験のお話しを終わります。
他のほとんどの子どもたちは、袋の中の宝物を
時間内に家に持ち帰ろうとして、途中で出会う人たちの
困苦を視野の外に追い出しました。でも、重い袋を背負い、
降りしきる雪の中を、時間内に家に辿り着くことなど
とてもできないことだったのです。ですから
時間を過ぎて家に入った途端、袋の中は空っぽになりました。
もちろん、袋の中のどこを探しても純金の修了証を
見つけることはできませんでした。

クリスマスにプレゼントを持って来てくれる
サンタクロースは、商魂たくましい百貨店の企画部の人たちが
たくさんの人がプレゼントを買いに来てほしいと考え、
上手に創り上げた存在なのであって、トナカイのそりに乗った、
赤い帽子と洋服のサンタさんなんて、もともと存在していないのです。

サローヤンはその後、「サン(聖)・クロース」
という名の学校で学び続け、無事に高等部まで卒業しました。
世界の何カ国かで実地訓練を受けて、
正式な資格の認定を受けました。
なんの資格か知りたいですか?

世界中で、苦難に遭い苦しむ人や、弱り果てた人たちが
一番必要とする大切なものを無料で届けているんです。
12月のクリスマスの時期だけではありません。
真夏の酷暑のときだって、早朝や深夜だって、
いつでも人が望むときには、駆けつけてくれるんです。
世界中でたくさんの「サン(聖)・クロース」卒業生が
今でも毎日、熱心に働いているんです。
これが本当のサンタ・クロースの姿なんですよ。
でも、彼らは人には見えないように、そっと訪れて
そっと帰ってしまうので、誰も見たことがありません。
でも確かにサンタ・クロースは存在しているんです。

さて、事実を語ることで私は子どもたちの
夢を壊してしまったでしょうか?
今どきの子どもたちは、大人よりずっと
世の中の仕組みをよく知っているようですよ。

もしかしたら、皆さんの周りで普通に暮らしている人の中に
「サン(聖)・クロース」卒業生がいるかもしれません。
私?私のような寒がり、暑がりのねぼすけが
そんな厳しい卒業試験に合格する訳がないでしょう?
 
 
 

  • 豊かな表現力はまるで画像のように真に迫ります。「徐々に心が重くなった」とありますが、今一つサローヤンの複雑な気持ちを知りたいと思いました。人に親切にしてポッと心が温かくなったのか、家族にプレゼントする筈の大切なものが無くなって悲しく思ったのか、困っている人を見て見ぬ振りができずに仕方がなかったのか、夢中で一生懸命だったサローヤンが家に戻って事態に気が付いて大泣きするあたりは子供らしいですね。
    幼いサローヤンには過酷な試験だったと思います。それでもそうした行動が出来たサローヤンは立派でした。 -- パシリーヌ 2014-01-14 (火) 18:26:14
  • パシリーヌさん

    お読みくださり、有難うございました。最初は男の子の名前をまったく考えていませんでした。途中で、あれっ名前は何にしようかと思ったとき、とっさに思い浮かんだのが作家ウィリアム・サローヤンの名前でした。北極圏に近い地域ですから、トムとかジェリーみたいな英語名前だとおかしいと思ったんです。でも、ウィリアム・サローヤンは記憶ではアルメニアの人だったと思います。実はここだけの秘密の話しなんですが、この物語に出てくる養成学校を卒業して「サンタ・クロース」の認定資格を持っている人たちは、現実にたくさん実在して活動してるんですよ。 -- 昼寝ネコ 2014-01-14 (火) 18:43:31
  • ウイリアム・サローヤンでしたか。作家としてアカデミー賞まで受賞しながら孤独の生涯を送り2児に恵まれながらも疎遠に暮らして、幸せにはなれなかったそうですね。この物語のサローヤンは本物のサンタさんになれてハッピーでした。子供たちの喜ぶ笑顔がサンタさんを更に幸せにするのでしょうね。 -- パシリーヌ 2014-01-14 (火) 20:35:46
  • パシリーヌさん

    へえ、そんなことまで良くご存知ですね。ご親戚ですか?サローヤンの作品でパパ・ユー・アー・クレイジーの中で、オムレツを焼くレシピが詳しく載っていて、実際にその通り作ったことがあります。もう20年以上昔のことです。たくさんは読んでいませんが、親近感を感じる作家でした。
    -- 昼寝ネコ 2014-01-14 (火) 20:53:33
  • 仮想親戚のサローヤンおじさんが一人ぼっちだったのは、ここだけの話ですが彼が無類のギャンブル狂だけでなく、更に、今風に言うならばDVだったからです。庶民の日常を見事に書いた作品が多かったそうですが…。 -- パシリーヌ 2014-01-18 (土) 13:56:28
  • パシリーヌさん なるほど、実像はそんな人だったんですね。まあ、作家がすべて善良で人格者であることはないと思います。 -- 昼寝ネコ 2014-01-26 (日) 19:48:44

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