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14060901徳沢愛子

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2014.06.09 詩・散文「初夢」 投稿者:徳沢 愛子(個人詩誌日日草64号より転載)

Bach - Mass in B minor BWV 232 (Karl Richter, 1969) - 1/14
 
初 夢                   
 
 
徳沢 愛子

自分の泣き声で目が覚めた
平成25年の初夢は無残であった
一富士 二鷹 三茄子の夢ならず
五十年共に飲み食いしてきた人間が
階段の下で
頭から血を吹き出し倒れていた
もうすでに絶命しているのか
蒼白の顔といい
頭頂部から
ぽこぽこ出る血の鮮やかさといい
急な階段の下
くの字の寝姿でもない
座るでもない不思議な格好
うす暗い未明の空気が
まださざ波立っていた 
転落して行った音の余韻といい
血の匂いさえ漂っていた
高い階段の上から
鳥瞰図的に見下ろしている私
もうはやばやと
激情の時は過ぎていて
静かな泣き声になっていた

別れはこんなふうに来るのだろうか

これが本物の私の人生だったのでは
五十年の月日の暮らしこそがかりそめで
夢のまた夢であったのかもしれない
初夢のこの一瞬が
私の一生分の命であったのかも
目覚めの境界は
確かな人生の出口入口であったらしい
そこに揺れ動き 交差する魂は
藍色のうすい衣を纏っていた
心做しか それは温かな手触りがした
寂しい命のうす明かりであった

(個人詩誌日日草64号より転載)
 
 

  • 私も早朝に、かなりリアルな夢を見ることが多くて、目が覚めてどっと疲れが出ることがよくあります。でも、さすがに匂いまでの記憶はありません。夢の中の疑似体験が、脳内に痕跡を残し、その人の感性や洞察力を形成しているのかもしれないと思うことがあります。お疲れの初夢でしたね。 -- 昼寝ネコ 2014-06-09 (月) 22:38:33
  • 徳沢愛子さま
    「別れはこんなふうに来るのだろうか」
    私も時々どんなふうに来るのかと不安を覚えます。これほどのサスペンスのような展開になるのでしょうか?人は死するとこの夢のように自分の遺体を確認するということを聞いたことがあります。肉体と霊が遊離しても尚、視力は働いていると教会の指導者のお話でも聞きました。
    友人で「寺町一直線」を読んでその文体の凄さに圧倒されて3日間ボーっとしていた人がいます。この詩の持つ更なる衝撃度は計り知れません。神が愛子姉妹に与えたもうた才能の美しい開花と共に命の燃焼によるものを感じます。エレミヤ的に言うならば「燃える火のわが骨のうちに閉じ込められているようで」(エレミヤ20:9)思いを書き現し詩を詠む魂が燃えているのでしょう。少しでも愛子姉妹の系譜に近づくことができればと願っています。ありがとうございました。 -- 岸野みさを 2014-06-09 (月) 23:31:18

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