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2016.08.22 穀粒記者レポート・「聖きを主に捧ぐ」投稿者:岸野みさを

 「Mr.神殿」と称されていた故原謙兄弟は92歳になっても神殿に通っていた。行きは電車で帰りは高尾ワードの会員たちの車に便乗されていた。彼が度々神殿のお話をされたときは「聖きを主に捧ぐ」というテーマだった。

 昨日、札幌神殿の15時の奉献式に出席した。アジア地域会長のスコット・D・ホワイティング長老の「今日8月21日はモンソン大管長のお誕生日です」という司会で始まり、守田祐子姉妹、守田雅光兄弟、第一顧問の山下和彦長老、ラッセル・M・ネルソン12使徒定員会会長、12使徒のゲーリー・E・スティーブンスン長老のお話の後、ネルソン会長のお話と奉献の祈りが行われた。

スティーブンスン長老が故ジェームズ・E・ファウスト長老とウークトドルフ管長のお話を引用されて「聖きを主に捧ぐ」ことについてお話された。ホザナ三唱は第二顧問のチェ ユーンフワン長老によって執り行われた。

 各位のお話の内容と奉献の祈りは正確を期するためにリアホナ等でご確認ください。

 帯広出身の夫と初めて札幌の教会堂を訪問した約40年前は札幌市に教会堂は1つしかなかった。場所を事前に調べて行かなかったのでデパートの屋上に登って周りを見渡すと、
あった!確かに末日聖徒の教会堂の尖塔が見えた。そっち方面に向かってバスに乗って向かった思い出がある。札幌市で1つだった教会堂が現在では5つに増えて、主の業が進んでいることを実証している。そして今回は日本で3番目、世界で151番目の札幌神殿がその広大な敷地に建造された。日本民族の歴史と伝統文化を取り入れた壮大で堅固な建築様式を世に示し、会員たちを昇栄に備え、先祖たちの救いに貢献する神の家として主に奉献された。

 奉献式に出席する前にリアホナ8月号の札幌神殿誌上オープンハウスを見て、更に札幌神殿に関するいくつかの動画を検索して準備した。その中で、既に皆さんもご覧になったかも知れないが下記をご紹介したい。(上記と同じ)

Architectural details of the Sapporo Japan temple
Messages of Christ

 最初に目にする日本の国会議事堂に模した神殿のタワーセンターに驚き、神社や仏閣の建築様式を取り入れている外観に感銘を受けた。日本庭園の石庭や池も然り。インテリアデザインは障子をはじめとする日本の歴史と文化を象徴するものを用いて、家紋のようにデザインされた札幌市の花ライラックの意匠が愛らしい。海に囲まれている日本を象徴する青海波文様や麻の葉のステンドグラスの美しさに感動して、特に日本を代表する伝統の和風文様、麻の葉を使用したことの歴史的洞察に感嘆した。昔から「神聖な力=神」が宿るとされてきた麻は僅か90日で生育し7月になると収穫を迎える。子どもの頃私の家でも丈の高い麻を育てていた。明治以降入ってきた丈の低い外来種と区別するために在来種を大麻と呼んでいた。

(以下、「大麻を正しく考える国民会議」より転載)

大麻草(=麻)とは、縄文時代の昔より日本人の生活(衣・食・住)と密接に関わってきた植物であり、また燃料用・医療用・祭事用・神事用にも使われ親しまれてきた植物で、第二次大戦前はその栽培が国家によって奨励されてきた。

かつては、赤ちゃんが生まれると、へその緒は麻糸で切り、麻の葉模様の産着を着せられ、お七夜参りには麻が奉納された。麻のように丈夫にすくすく育つようにとの親の願いから麻の葉模様の着物で育てられた。結婚式では夫婦が末永く仲良く幸せであることを願って夫婦の髪を麻糸で結ぶ儀式が行なわれていた。

麻の鼻緒で作った下駄を履き、麻布でできた着物や褌(ふんどし)を身に付け、麻の茎の入った壁や天井に囲まれた家に住み、麻糸で作った畳の上で過ごし、夏は麻糸で作った蚊帳(かや)で寝ていた。

神道においては、大麻は罪穢れを祓うものとされている。
そして、伊勢神宮のお札のことを「神宮大麻」と言い、大麻とは天照大神(あまてらすおおみかみ)の御印とされている。

このように大麻草は精神的にも物質的にも、日本人のシンボルともいえる植物であり、桜が日本の国花とするならば、大麻草は日本の国草であるといってよい。(転載終了)

麻の葉のステンドグラスのデザインに魅せられて話がそれてしまった。

話を戻すと、定礎箱に柳田聰子姉妹と筆者共著の絵本「わが娘聰子へ」が奉納されたことを札幌神殿委員会の歴史委員有澤良康兄弟から出版社クロスロードに連絡があった。筆者に直接の連絡ではないので詳細は不明だが、絵本が主に受け入れられたことに深く頭を垂れ、その慶びを柳田聰子姉妹(97歳)に何とか伝えたいと思う。柳田聰子姉妹は父娘で讃美歌を翻訳され、日本の教会の草創期に活躍されて正に聖きを主に捧げた女性である。

(「わが娘聰子へ」はフォーラム穀粒 新刊近刊情報で立読みができます)


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