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2017.03.18 エッセイ「わたしの恋は」 投稿者:徳沢愛子

私の恋は(あれが恋というものであったのだろう)、中学時代の同級生、それしかない。
 陰の中から目だけ輝かせて、光の中にいる彼を見つめていた。光の中の彼は徹頭徹尾眩しくて、目を細めなければ見ることができなかった。胸高鳴る時代は三年間も続いた。手紙も書かなければ、口に出すこともなかった。日記にさえ書くのをおそれた。それほど私にはヒミツのことであった。誰にも知られたくはなかった。ただ胸の湖に船を浮かべて山並みを遠く眺めたり、また湖面が波立ったり、朝日夕日に色鮮やかに光輝いたり、急に魚がはねたりするのを、うっとり見ているばかりであった。その時間は何をするよりも豊かであった。うれしい時間であった。彼という微粒子は、その空間をいつも輝きながら飛び交っていた。

山のあなた  カール・ブッセ
山のあなたの空遠く
「幸」住むと人のいふ
噫 われひとと尋めゆきて
涙さしぐみ かえりきぬ
山のあなたになお遠く
「幸」住むと人のいふ

 この詩がその時の私にとって、象徴的な意味をもって私にピッタリ寄りそい、音叉のように響いたのだった。
 あれから芒々六十年余、その感覚はまだ胸の偶を小さく濡らしていた。
先日、その彼の名を新聞のお悔やみ欄でみつけた。その名を胸の内で小さく呼んでみた。懐かしさが足りあがり、思わず私は両手を振った。彼は静かに向こうの方で立っていた。黒い学生服の、りりしい坊主頭のままであった。
 そして次に私は、自分の老いを痛みを伴うほどに深く実感した。そう遠くでもない死が霧のように私の湖の上を流れていくのを見ていた。恋というものは、永遠に死なない美しい怪物のようであった。なぜなら、その霧の遥か上空を寂光に照らされたやさしい怪物がゆったりと巡っていたからである。

  • ビバ青春!再会した時、はたして声がかけられるのか楽しみの愛子ちゃんですね。 -- 岸野みさを 2017-03-18 (土) 20:43:13

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