17102801岸野みさを
2017.10.28 エッセイ「年経（ふ）れば（２）」 投稿者：岸野みさを
ガスの消し忘れ
初めて火災報知器が鳴った。キッチンでフライパンに肉に入れて、ガスを点火して、ちょっと2Fに行ったのがそもそもの始まりだった。すぐ戻るつもりがパソコンの前に座った途端に忘れてしまった。隣りの部屋にいた夫が「何だ？」と慌てて1Fに降りて行って事態を呑みこんだ。2Fに煙が充満していたのに気付かず、なんか匂うな、と2Fの廊下の換気扇は廻したのだったが…。普段からガスを付けた時はその場を離れないのだが、何故かその時は頭が回らなかった。判断力が突然可笑しくなって、老化とはこういうことかとガックリきた。
酒飲んだんだよ
全国旅館ランキング総合2位の新潟県月岡温泉、白玉の湯泉慶・華鳳に義理息子が仕事の研修で行った。
昔一緒に働いたことのある初老の男性が彼を捕まえて、新潟県内の全酒蔵の酒に酔っぱらった勢いで「お宅のお義父さんとは昔一緒に酒飲んだんだよ」「ええっ？」「お宅の教会のお偉いさんだったから、他では飲まなかったかもしれないが、ワシとは一緒に酒飲んだんだよ。ウイ、だからさ、お前も飲め！」「ハア、スミマセン、飲みません」「若いのに付き合い悪いなあwウイ」
匂いで分かる？
スーパーの果物売り場でおばあさんと言うには若く見える女性が、こちらはおじいさんに見える人と込み合う果物売り場でりんごを手にとっては匂いを嗅いでいるのだ。次から次とりんごを手に取り匂いを嗅ぐ。甘い匂いがすれば糖度が高いと思っているのだろう。
廻りの人たちは見て見ぬふりで私もその一人だったが、おばあさんが匂いを嗅いだりんごを買う人はいなかった。こんな場合係員に伝えるべきなのか否か？あなたならどうしますか？そういえば今年の夏、中央高速の山梨パーキングエリヤの売店で販売している桃を次から次へと手で確かめている叔母さんがいた。こちらはおばあさんではなく叔母さんだ。目の前に「手を触れないで下さい」と書いてあるのに、見えないらしい。近くにいる販売員の若い女性も目に入っているだろうに何も言わない。そういう私も同じだった。桃が大迷惑だ。
御名刺頂戴できますか？
ある政治団体のパーティで年老いた男性が近くにいた女性に「すみません。閣下から御名刺を頂けますか？」と声をかけた。「はい？こちらにいらっしゃいますが？」閣下はその老人のすぐそばにいて、この会話が聞こえているのに直接声がかけられないのか、と察して「はい、先生、御名刺を頂戴したいとこちらの方が申しております」「分かりました」と閣下は言って名刺を差し出すと「ありがとうございます」とその老人はお礼を一言述べてどこかへ行ってしまった。
消したい記憶
込みあう地元の物産展で珍しいものがあるかと物色していると、品物をさっとバッグに入れる叔母さんの手元が筆者の視野に入った。一瞬の出来事で、目を疑う、とはこういうことか。その叔母さんは何事も無かったかのように他の品物を買い物かごに入れている。お金を払うものと払わないものに分けているのか？ここでまた、筆者の見て見ぬふりの性癖で、そのくせしっかりと記憶に残ってしまうのは何故だろうか？
どこも悪いところはありません
保険契約の申込み作成の時に健康状態を質問する箇所がある。「過去2年以内に入院通院投薬または検査がありますか？」と質問すると「ありません。どこも悪いところはありません」と老人は答えた。車椅子に座っているのだが、次の質問の手足の欠損、機能の障害の箇所でも「どこも悪いところはありません」と答えるのだ。「あの～、すみませんが足のことですが…」とこちらから指摘すると「ああ、これ？大したことありません。もう治りました」と言った。治ってないから車椅子に座っているんでしょう？という言い方はできないし、車椅子だから加入できないという保険ではなかったが、告知はありのままに本人が書かないといけないのでこれは苦労したケースだった。
バスに乗らないおばあさん
買い出しに行くのに、田舎の山坂の道をテクテク歩くことで有名なおばあさんがいた。便利なバスが通っているのになんで？と村人の老人たちは陰口を言った。「お金がもったいないんでしょ？」「変人」「バスが怖いんでしょ？」とかだった。年月が過ぎると悪口を言った老齢者はみんな死んだ。テクテク歩くおばあさんは今日も歩いて買い出しに行く。
目の前でいいんですか？
ファミレスで食事をしているとおばあさんと50代くらいの男性が隣のテーブルへ来た。男性がおばあさんに目の前の椅子に座るように促すと「目の前でいいんですか？」とおばあさんは聞いた。男性は「どうぞ、どうぞ」と愛想よく答える。やがて注文した食事が届いて二人は談笑しながら食べはじめた。おばあさんの質問がどうも気になる。普段家族に食事中何か言われるんだろうか？
