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2018.06.24 穀粒記者レポート・『祝穀粒5周年記念―寛政重脩諸家譜』投稿者:岸野みさを

私の父の母(祖母)の先祖に「宝賀」という苗字の人がいます。度々ネットで見ていた古代氏族研究会の古樹紀之房間(こきぎのへや)http://wwr2.ucom.ne.jp/hetoyc15
に「宝賀」に関する1774年以前の資料があるかどうか問い合わせをしてみました。このHPは日本古代史と古代・中世の氏族系譜を主要のテーマとして、日本家系図学会宝賀寿男会長の了解を得て「樹童」という人が運営しています。

驚いたことに3か月後に宝賀会長から直接メールが届きました。会長は日本の家系図学会のトップで、それは私たちの教会に例えると大管長に当たる人です。おそらく樹童氏が同じ苗字なので会長に質問を廻して戴いたのだと思いました。

特別な資料はありませんでしたが宝賀会長の苗字は名古屋地方の出で信濃国にある同姓とは異なる、いうことが書かれていました。調子づいた私は更に母の苗字の「保科」について問い合わせました。また3か月後に返事がきました。
「江戸時代の系譜については、あまり詳しくないのですが、大名家や旗本は、『寛政重脩諸家譜』が主であり、あとは会津のほうに詳しい系図があるかどうかではないでしょうか」ということでした。

『寛政重脩諸家譜』(カンセイチョウシュウショカフ)とは寛政年間(1789年 - 1801年)に江戸幕府が編修した大名や旗本の家譜集で、文化9年(1812年)10月に完成した。

家族歴史委員の牧瀬姉妹に調べて頂きました。下記国立国会図書館デジタルコレクションにありました。

http://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?featureCode=all&searchWord=%E5%AF%9B%E6%94%BF%E9%87%8D%E8%84%A9%E8%AB%B8%E5%AE%B6%E8%AD%9C&viewRestricted=0

全1520巻の中から1ページずつ開いてみていく作業です。
「宝賀」は1-118のP、55に「保科」はP、56にありました。
前者は巻第238に、後者は巻第250にあると表示されているのですが、ページは巻第200までで、調べ方がおかしいのかと、現在も調査進行中です。

会津人の郷土歴史家、宮崎十三八著の『保科正之のすべて』編 (新人物往来社 1992)にて「保科」に関する多くの情報を入手できましたので、やはり宝賀会長がおっしゃるように会津を調べるのがよいと思いました。

日本家系図学会には末日聖徒のFamilyTreeがリンク先にあって、開けたので嬉しく思いました。
2018年02月10日 こちらもリンク先の「ネットde家系図」というところでは利用登録者が2万9千人、系図登録者が34万人を超えたそうです。

また、宝賀寿男著書は「『古代氏族系譜集成』をはじめとして19冊あり、家系図学会再建趣意書には次のように表明されています。
「そもそも、姓氏・家系などの調査研究は、総合的な歴史学の大きな基盤の一つをなすものであり、それとともに地域・郷土の歩みや先祖先人のすぐれた業績を明らかにするものです」


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