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2019.04.04 自分史・家族史「青天の霹靂」 投稿者:徳沢愛子

 一月三十日は北陸には珍しい快晴で、朝の冷え込みは厳しかった。八時半、朝食を終ってさて主婦業の開始と思った矢先、玄関のチャイムが鳴る。夫はすでに用事で出かけ、私一人。急いでハイハイと返事をしながら玄関に出る。制服姿の消防隊員が立っている。「庭に入らせて下さい。裏の人が屋根から落ちました。」「ええッ」。玄関に飛び出すと、パトカー、救急車、消防車、警察の黒い車などで騒然としている。全く気づかなかった。我家の小さな庭に昔、子供部屋としてプレハブの離れを建てたので、それとブロック塀との間が人一人が通れる程の狭さである。その隙間に我が家と背中合わせに建っている裏の家の奥さんが滑り落ちたというのである。洗濯物を干しておられた時とか。我家の庭を5・6人の消防隊員があわただしく担架を持っていったり、AEDを持っていったりしている。狭くて担架に乗せても出られない。そこでブロック塀側の子供部屋の窓を開け、庭側の窓も開け、部屋を横切ってケガ人を運び出そうというのだ。机をよかし、部屋の家具を片方に寄せ、たくさんある額縁をベランダに運び出す。それで通り道はできた。隊員達は皆ゴム長靴で部屋に入り、出ていく。仕方ないこの状況では。奥さんは眠っているように静かだ。口に何か筒のようなものを差し込まれている。胸をはだけて隊員が心臓マッサージをしている。私はまだ死なんて考えもしない。明るい小春日和だ。真青な空が暖かく広がっている。大きくもなく、小さくもない白い乳房が光の中でギョッとするほど美しい。私は啞然とそれを凝視していた。ドクターカーがもうすぐ到着するという。その間マッサージが続く。
 今朝は冷え込んだから、屋根には薄い氷が張っていたのだろう。「スリッパが片方落ちています!!」、若い警官が叫ぶ。上司が「写真をとっておけッ」と返す。やがて到着したドクターカーから、三人の若い医者が飛び降りてくる。すぐ救急車に乗せる。「早く家族の方を呼んでこーいッ」。医者の一人が走って裏の家に向う。杖をついたご主人がヨロヨロやってくる。ドクターカーに乗る。救急車がサイレンを鳴らして出発する。しびれをきらしたようにスピードを上げて去っていく。私、心で祈る。「どうかあの働き者の奥さんをお守り下さい」と。
 後から聞いたのだが、彼女は77才、御主人は87才。裏通りの人なので話したこともない。老夫婦二人だけの静かな暮し。ご主人はどうなるのだろう。一瞬のうちに平穏な生活が崩れてしまう。長患いしなかった彼女自身は幸せであったと言うべきか。遠隔地にいる息子さんは少しの後悔はあるのだろうか。世話をかけないで逝こうとする母親の運命に感謝するのだろうか。
その前日1 月29 日に80 才の誕生日を迎えた私は、いろいろと死の周辺を考え巡らした。こんな歌がある。「日の照る開に働け。今日の義務をよく果たせ。明るき心持ちてめぐまれし世と思え。今日、今日働け。今日、今日義務果せ。今日、今日努めよ。今日あるのみ明日はなし」今日一日を心こめて丁寧に生きたいものだと、この晴天の霹靂を目の前にしてつくづく思ったことであった。あの日の2 日後、朝刊のおくやみ覧に奥さんの死亡記事が出ていた。死は常にひっそりと我々の背後に立っている。それを我々は忘れてはならない。 合掌

  • 大きな衝撃が走っている文章で、救急現場の緊迫した状況が目に見えるようです。昔私のおばあちゃんがよく言っていました。「生き方は選べても死に方は選べない」と。 -- 岸野みさを 2019-04-05 (金) 10:03:33

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