穀粒(こくつぶ)会員のための、創作および出版支援サイト

19060301岸野みさを

穀粒記者レポートトップへ

2019.06.03 穀粒記者レポート・『祝穀粒6周年記念―富士山噴火と南海トラフ』投稿者:岸野みさを

(推薦図書)

 万物が萌え出るような新緑の美しい季節に平成から令和に御代が変わった。日本国中祝賀ムードに沸いているそんな折に、こともあろうか「富士山噴火と南海トラフ」を推薦図書とすることは自分でも如何なものであろうかと思う。
 新天皇陛下は登山愛好家でもあり170を超える山岳を踏破していることで知られている。登山雑誌のエッセイに「富士山の自然が守られ、今後何世代にもわたり、人々が富士山の美しさを享受できるよう心から願わずにはいられない」と綴られた。(産経抄より)

 火山学、地球変動学の第一人者である鎌田浩毅教授は本書に次のように記されている。

 「火山の恵みの代表格として多くの人が思い浮かべるのは温泉だろう。日本列島には111の活火山があり、これは実に世界の活火山の1割にも相当する。そのおかげで日本では全国いたるところで温泉が湧出している。(略)また、日本列島には金や銀などの地下資源が豊富なのも、マグマによって温められた熱水が地下を循環しているからだ。すなわち、長い年月をかけて、マグマ溜まりの周囲からさまざまな元素が熱水に溶け込んで、濃集することで多様な鉱物となった。こうした有用な地下資源を産み出した原因の一つが火山活動なのである。さらに温泉は、地熱発電の熱源としても利用されている。現在、本格的に稼働しているのは東北地方や九州地方だが再生可能エネルギーの重要性が叫ばれるいま、世界有数の火山国であることの強みをさらに発揮するポテンシャルを、日本は秘めている。すでに観光資源として確立している温泉文化を守りつつ、地熱発電所がいま、地域に根ざした新しい火山の恵みとして注目を集めているのである。これらはいずれも、火山の恵みを熱い温泉として活用した例であるが実は冷たい水にも、火山の恩恵といえるものがある。
(略)」心身をおおいに癒してくれる湧水や、その清流を利用した静岡県三島市のウナギが地元の名産となっていることを記されている。

 「だが、火山の恵みとして第一に挙げるべきは、火山活動によって平らで広い大地がつくられたことだろう。すなわち、溶岩流、火砕流や火山灰など、大量の噴火堆積物が山々を覆い、平坦な裾野や扇状地をつくったのだ。そのおかげで、人々はその土地で農業を営み、集団で定住し、生活することが可能になったのである。
 とくに富士山は10万年という年月をかけて噴火を繰り返してきた成層火山である。しかも、富士山から出る溶岩は玄武岩からなるため粘性が低く、さらさらとしている。そのため、非常に遠くまで流れていく。それは噴火の被害を大きくもしたであろうが、その結果、火口の全周には広大な裾野と扇状地が形成され、山岳のおおい地域としては非常に貴重な農業の適地となった。また、火山の噴出物にはミネラルや養分が含まれていることも大きな利点であった。
 こうして、富士山麓ではさまざまな農作物のほか、酪農も盛んになった。富士山は人間に広大な生活基盤を与えたのである。日本には『災い転じて福となす』という諺があるが、まさに富士山噴火はその通りの現象だったのだ。(略)
 現在日本には34カ所の国立公園があるが、実はそのうちの9割が火山地域にある。噴火がつくりだす起伏に富んだ地形や美しい湖沼は、日本が誇る火山の恵みなのである。(略)

 富士山が現在のような美しい円錐形になってから、数千年が経つ。富士山の場合、噴火は数週間ほどの期間で収まり、残りの数百年の休止期には、さまざまな恵みが与えられる。江戸時代に最後の噴火をしてから300年もの間、われわれはその恩恵にあずかってきた。
つまり、災害が起きている期間は起きていない期間に比べ、はるかに短い。それが過ぎればふたたび長いあいだ恩恵を受けることができる。ここには『災害は短く、恵みは長い』という法則を見いだすことができる。」

 1707年10月28日、宝永地震発生(マグニチュード8.6)東海・東南海・南海の震源域が3連動した、日本最大級の南海トラフ地震。その49日後の12月16日、富士山で宝永の大噴火発生。マグマの総噴出量は記録に残っている富士山の噴火で2番目となる巨大噴火。以後、300年余り、富士山は沈黙を保っている。

 もはや富士山は「噴火スタンバイ状態」となった。
そして「3・11」以降の日本列島は「大地変動の時代」に突入してしまった。

以下に本書の「まえがき」をご紹介します。

まえがき

 富士山ほど美しい火山は世界的に見ても珍しい。日本一の高さを誇る美しい円錐形の火山は、年間3000万人規模の人々が訪れる日本有数の観光地でもある。しかし、富士山がかつて大きな災害を引き起こしてきた「活火山」であることは、意外に知られていない。すなわち、いつ噴火しても不思議ではない activ volcano なのである。
富士山の起源は何十万年も前にさかのほることができるが、その原形をなす山体は、10万年ほど前に誕生したと考えてよい。これが溶岩流や火山灰などの噴出物を何度も大量に噴出して、現在の富士山ができあがったのだ。人聞による記録が残っている有史以降を見でも、噴煙を幾度となく上げてきたことが『万葉集』をはじめ各時代の古文書などに記録されている。

 いまから300年前の江戸時代(1707年)にも、富士山は大噴火を起こした。「宝永の大噴火」とも呼ばれるこの噴火は16日間も断続的に続き、火山灰なとの噴出物が横浜・江戸から房総半島にまで広く降り積もって、当時の人々に大きな被害をもたらしたのである。

 それ以来、鳴りをひそめていた富土山の地下でまた地震が起きはじめたのは、2000年の10月だった。300年もの間、静寂を保っていた富士山が、まだ活きていることを多くの人に知らしめた事件であった。

 もし現代に富士山が噴火したら、社会が高度化しているため、その被害は江戸時代のそれ以上になると予想される。そこで2001年、国と関係自治体によって「富士山火山防災協議会」が設置され、同時に、富士山噴火による災害を予測して被害を最小限に防ぐために「富士山ハザードマップ検討委員会」が発足した。そして2004年には「富士山防災マップ」として公表され、具体的な防災の指針が示されたのである。

 このハザードマップは、何種類かのカラー図面と分厚い報告書からできている(図面・報告書ともインターネット上で公開されている)。これまでの富士山研究の成果をふまえた力作ではあるのだが、その内容はかなり専門的になっていて、一般市民が理解するのには骨が折れる。実際に防災担当者からも、もっとわかりやすくしてほしいという要望が多数寄せられてきた。

 なによりも富士山が噴火したとき、このような難しいハザードマップでは、市民の避難に支障が出るおそれがある。おびただしい数の観光客にとってもしかりである。

 そこで、富士山ハザードマップを一般読者にもわかりやすく解説するために、私は2007年に『「富士山噴火 ハザードマップで読み解く「Xデー」』をブルーバックスから刊行した。幸い好評のうちに迎えられて第6刷を数え (2019年4月現在)、富士山噴火に関する定番書籍となった。

 その後、この本をもとにテレビ各局が富士山に関するアカデミック・バラエティー番組を制作し、そのいくつかに私も出演し、解説する機会も得た。ちなみにこの本のプロローグ一「20XX年、富士山噴火」のシミュレーションは、こうした番組制作の際の台本作成にも活用された。

 ところが、その後の2011年に起きた東日本大震災によって、富士山をめぐる状況は一変した。東日本大震災は発生した日付の3月11日を取って「3・11」と呼ばれるが、その4日後に、富士山では震度6強の直下型地震が発生した。このとき、富士山の「マグマだまり」で、ある重大な異変が起きた可能性があり、われわれ火山学者は全員肝を冷やした。まだ噴火が起きていないのは幸いと言うべきだが、もはや富士山はいつ噴火してもおかしくない「スタンバイ状態」に入ったと、私は考えている。

 本書はブルーバックス『富士山噴火』以後に明らかとなってきた富士山の状況について、最新の火山学における研究成果をとりいれながら、全面的に書き直したものである。

 第1部「富士山噴火で起こること」では、富士山とは何か、そもそも噴火とはどのような現象なのか、という基礎知識が初学者の読者の頭にも入るように説明した。

 第II部「南海トラフと富士山噴火」では、噴火スタンバイ状態にある富士山の現況を解説し、近い将来に必ず起きる災害を予測した。東日本大震災の発生以降の日本列島は、今後少なくとも数十年は地震と噴火が止まない「大地変動の時代」に突入してしまった。近い将来に南海トラフで巨大地震が発生することは確実視され、国を挙げて警戒中である。こうした梓組みの中で、富士山と南海トラフが地球科学的に見ていかに密接な関係にあるかを詳述した。

 富士山は江戸時代に噴火したあと、不気味な沈黙を守っている。言ってみれば300年分のマグマを地下に溜めたまま、いつでも噴火できる状態にあるのだ。
かりにいま、宝永噴火クラスの大噴火が起きると、東京にも火山灰が5センチメートルほど積もり、ライフラインのすべてが停止するだろう。さらに、航空機は飛行禁止となり羽田・成田空港が閉鎖される。いったん噴火が起きれば、富士山の周辺だけでなく首都圏まで大きな被害が及ぶのは必定である。

 富士山が大噴火したときの被害について内閣府は、2兆5000億円規模の激甚災害となることを予測した。しかし、実はこの予測には含まれていない項目がある。それが、近年になって研究が進んだ「山体崩壊」という破局的な現象である。

 これは山の形が変わるほど惻面が崩れ落ちるもので、富士山で最新の山体崩壊が起きたのはいまから2900年ほど前である。このときは静岡県東部にある現・御殿場市を広く土砂が覆い尽くした。もし同じことが現在起きると、周辺地域で約40万人が被災する可能性がある。

 そして何より、富士山の噴火はやがて起きる南海トラフ巨大地震と連動するおそれがある。歴史を振り返ってみると、江戸時代の宝永の大噴火は、それに先立って南海トラフでマグニチュード9クラスの巨大地震(宝永地震と呼ばれる)が発生してから、わずか49日後に起きている。次の南海トラフ巨大地震は2030年代に起きると予想され、そのときにはやはりこうした時間差で富士山噴火が連動するかもしれないことが、きわめて大きな懸念材料となっている。すなわち富士山噴火と巨大地震の連動にどう対処するかは、わが国にとって存亡をかけた喫緊の課題と言っても過言ではないのである。したがって本書でも、南海トラフが富士山にどのような影響を及ばしているのかについて、多くの紙数を割いた。

 ただし本書では、こうしたおそるべき自然災害の描像とは別に、日本人の「心のふるさと」としての富士山の魅力についても述べた。たしかに火山は噴火すると大きな災害をもたらすが、同時にわれわれに大きな恩恵も与えてくれるのだ。日本列島には111個もの「活火山」がある。
それらがもたらす災いと恵みは、実は表裏一体の関係にある。その両方を知っておくことが、日常の防災にも繋がるのである。

 本書をきっかけに、富士山をめぐる最先端の地球科学を学び、富士山を正しく恐れる知識を身につけながら、人を惹きつけてやまないその魅力についても再認識していただきたい。


認証コード(7631)

powered by Quick Homepage Maker 5.3
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional