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2014.10.13 エッセイ「息子の運動会」投稿者:ポール
 
息子の運動会
 
 
ポール
 
 息子の幼稚園の運動会の参観に行った。この時期にしては少し肌寒く感じ、厚い雲の覆われた朝となった。雨を危ぶむ心配もあったが延期になっても私は後日観に行く事はできないので当日雨天にならない事を祈っていた。晴天とは言えないが、雨は降っていないだけ十分感謝できる天候だ。妻はいつもより早く起き弁当の準備に余念がない。私はいちばんシミの少ない幼稚園の運動着を引き出しから探し出し、真っ白い新しい靴下を息子に履かせた。息子は狭い家の中で行ったり来たりかけっこの練習をしていた。今朝はめずらしく家を出ようと決めた時間通りに出発した。そして祖父母の家に寄り、彼らも同乗し運動会会場へ向かった。運動会は息子の幼稚園に隣接している小学校のグランドを借りて行われた。既に早朝からの場所取りでベストポジションは埋まっていた。幼稚園の運動会と言っても親の気合いは十分だ。たかが幼稚園の運動会にこれだけの気合いを入れている親が多いというのは少子化問題の象徴にも見えてしまう。グランドの端に空いているスペースをみつけ、シートを敷
いて弁当や水筒を並べた。

 早速入場行進から運動会が始まった。まるでカンヌ映画祭の受賞式に登場するスターを待ち構える報道陣やパパラッチのように親たちは入場してくる子供たちにカメラを向けている。中には一眼レフカメラに、野鳥でも追いかけているのかと思うような白いボディの大型レンズを構えている親もいる。子供の毛穴までカメラに収めようとしているのだろうか。入場しているだけなのに自分の子供の名前を大声で呼び激励している親もいる。そして園長あいさつ、準備運動、選手宣誓と子供がじっとしていられる限界手前の開会式が終わった。

 年長組、息子の午前の出番はダンスと組体操、そして親子一緒に行う手引きのソリ競技。衣装に着替えて一生懸命ダンスする息子の成長した姿に胸が高まる。カメラのシャッターを押しながら、ダンスを観ているのか写真を撮っているのか自分でも解らなくなる。息子がダンスで移動すれば合わせて走って追いかける。組体操では少し肥満気味の息子はいつも土台の役周りになっている。私は園児が作るピラミッドのてっぺんで両手を広げ満面の笑みで「オー!」と叫ぶ運動神経抜群の身軽でハンサムな園児の最下に四つん這いになって痛みと重みに耐えて、しかめ面になっている息子の写真を撮る。心の中で「お前がいないとこのピラミッドは完成しないんだ、主役はお前だ!」と叫びながらシャッターを押す。親子競技の手引きソリでは、ソリに子供を乗せて次の親子の所まで子供をソリに載せて親が引く。笑顔でスイスイとソリを引く隣の親を横目に私は本気で引いても息子の体重でソリが前に進まない重さに驚く。息子はソリにデンと座り無邪気に「パパもっと早く!」と嬉しそうに私を急がす。周りの親からクスクス笑いが聞こえる中、私は苦笑いしながら必死にソリを引きバトンタッチした。

 午前の競技が終わり弁当タイム。弁当を食べる間も息子は午前の頑張りに賞賛の評価で主役となる。今日は多少の我がままや、好き嫌いを言っても妻は笑顔で許容してる。恐るべし運動会の主役。

 午後になり朝のどんよりとした雲は消えいつしか日差しがさしていた。息子は鼓笛パレードで登場。役回りはやはり大太鼓。大柄な息子とは言えその巨体を持ってしてもお腹の前で支える大太鼓の重さに、またしてもしかめ面となり大太鼓の重みに耐える。隣では華奢な女の子が涼しい顔でピアニカを吹いていた。私はスマホのビデオを回しながら「頑張れお前の太鼓の音がないとこのマーチは完成されない」と心の中で叫ぶ。鼓笛隊が退場した後、大仕事を終えた息子は満足そうな笑顔を見せていた。

 園の先生が「もうすぐパパ、ママだけが参加する競技が始まります!集まってください」と声をかけて回っていた。子供たちは休憩となり親だけでやるユニークな競技を行っている。80人位の親がグランドに大きな円になる。その中心に50個くらいのお手玉をあちこちに置いてその周りを音楽に合わせてぐるぐる歩き、音楽が止まったと同時にお手玉を取り合うというハードな競争。親と言っても幼稚園児の親たちなので皆20代から30代前半の若い人が多い。しかも瞬発力が試される競技なので男性の参加が多い。「パパも出なよ」と妻や子供達に煽られ、渋々参加する事にした。皆和気あいあいの中、競技は始まった。しかし音楽が始まり、グランドを回る親達の目は獲物を狙う鷲のようだった。音楽が止まった瞬間、人数より30個少ないお手玉に向かって80人が一斉に走り出す。私も負けじと駆け出すが誰かに突き飛ばされ、派手に転んだ。その瞬間お手玉よりも勢いついた他の親に踏みつけられる恐怖が頭をよぎった。砂まみれに倒れている中私の目線には多数の運動靴が交差し合っていた、土煙で周りが良く見えない。そんな中まるで枕元の置いた目覚まし時計のように私の顔の真横にお手玉が、取ってくれと言わんばかりに落ちていた。私は体をひねるようにしてそのお手玉に手を伸ばした。そしてつかみ取った。安堵でゆっくり起き上がると、大丈夫ですか?と私を押し倒したと思われる男性が自白する犯人のように私を見ていた。私は「大丈夫です、気にしないでください」と笑顔で応えた。言わなければ誰に押されたか解らないのになんて正直な人だろうと思った。きっとこの人は電車で年寄を見かけたら席を譲るタイプなのだろう。2回戦が始まる。自分が獲ったお手玉をグランドの真ん中に一斉に投げ込む。残った50人が投げ込んだお手玉から先生は容赦なく20個間引く。50人で30個のお手玉を取り合う。一回り小さい円を音楽に合わせて歩き始める。そこには笑顔はない。先ほどよりも先鋭の50人が眼光鋭く自分に一番近いお手玉に狙を定めながらゆっくり歩き回る。まだかまだかと思わせながら、音楽は続くそして予想より少し長い音楽が止まった。一斉に少ないお手玉に向かって大人たちが駆け出す。私もこれと決めたお手玉に一直線に駆け込む。私が掴んだ瞬間、他の手が私の手の甲をかすめた。コンマの差で私が早かった。会場は拍手と歓声でどよめいた。そして2回目に残った私の心にスイッチが入った。最後のひとりになるまで残ろう。そして競技は続いた。30人が20人に20人が10人に10人が5人にそして5人が3人になった。私はまだ生き残っていた。3人の親のそれぞれぞの子供達がマイクで呼ばれ自分のパパに声援を送った。また同じように音楽が始まった。3人で回る土俵ほどの円の中心には2つのお手玉が落ちている。ゆっくりと周り出した数秒後思わぬ短さで音楽が止まった。私は反射的に、なりふり構わずヘッドスライディングでお手玉に向かって飛び込んだ。もう2人も同じように飛び込んできた。土俵ほどの円の中は月煙が舞い上がった。そして私の手の中にひとつお手玉は掴まれていた。そして私は決勝に残った。私たち2人は乾いたグランドに立ち、それはいささかテキサスの早打ちカウボーイを思わせた。最後の戦いが始まった。今までで一番長く感じる音楽だった。私たちの目から光線が出ていればお手玉は瞬間に焼かれたであろう。その位の眼光でひとつのお手玉を凝視し、音楽が鳴り止んだ瞬間飛び込む準備をしていた。永遠ともいえるほど長い音楽がついた。そして音楽止まった瞬間ほぼ同時に二人はお手玉にダイブした。まるで映画マトリックスのスローモーショ
ンのように。土煙とともにお手玉は見えなくなった。そして私の手の中にお手玉は、無かった。会場は拍手と歓声で溢れた。私は2位に終わった。表彰式まで用意されていて、商品に金券まで授与された。肘は擦りむき血が滲み、指は地面を強打して突き指で激痛を感じていた。負傷兵のようになってシートに戻ると、家族はまさかの決勝まで残った私を賞賛して迎えてくれた。みず知らずのお父さんから「感動しました」と声をかえてもらい自分の果たした偉業を実感した。この歳になってしかもスポーツで人に感動を与えられるとは。落ち目の芸能人が24時間マラソンを走り終えた時の達成感とその場限りの賞賛に喜ぶ気分とはきっとこんなものなのかと思えた。

 その後も息子の競技は続いたが私は2位になった競技の前とは、息子の運動会に参加している気分は明らかに変わってしまった。その後は腑抜けになってしまった。息子は最後のリレーでぶっちぎりの1位でバトンを受け取り、そのまま次の子供に渡した。閉会式を終え息子は参加賞のメダルとお菓子をもらい一緒に帰った。車の中では、またも私の活躍が話になった。息子は車のなかで静かにDSをしていた。私は接待ゴルフを企画したのに自分が優勝してしまったどこかの営業課長の気分で家路についた。今日の主役は息子なのに・・・。
 
 
 

  • 「父よ、あなたは偉大だった」と、折に触れて一生涯いわれそうですね。なかなかリアリティ溢れる再現文章で、場面がリアルにイメージされました。どうぞ、いつまでもご家族にとって、伝説の偉大な父親であり続けてください。 -- 昼寝ネコ 2014-10-13 (月) 14:38:20
  • 「父よ、今日の主役はあなただ」と思いますよ。人生80年。父が主役になることはそうそうあるもんじゃありません。ましてや賞賛など、とてもとても。今回は主役にならせてもらいましょう。肘は擦りむき血が滲み、突き指で激痛までしてがんばったんですから。
    『子どもより 父さん目立つ 運動会』 -- 威風堂々 2014-10-13 (月) 15:41:01
  • ポールさま
    確かにあなたは伝説の父になりました。決勝で二人が握手をしてから始める演出もさすが役者でした。片や昨年のチャンピオンVS昨年の一回戦敗退者です。音楽が鳴りはじめ、一瞬音楽が止んだと勘違いして、中央の球をめがけて走りかけたあなたは、勘違いに気が付いて頭を搔きました。その直後、なんと観客の笑いの中で本当に音楽が止まりました。一瞬の集中力が切れたところが勝敗の分かれ目になりました。写真判定でみるとほんとに惜しかったですね。
    あなたの妻が担任の先生に「頭を搔いたので負けたんですよね」と言って担任は爆笑していました。
    -- パシリーヌ 2014-10-13 (月) 20:16:26
  • ポール殿
    運動会の音楽 幼児の家族達の声援が聞えてくるような臨場感あふれる文章ですね。親子の活躍を見せて頂き まるで私も運動会に参加した気持ちでした。  -- 吾亦紅 2014-10-13 (月) 22:14:23
  • 昼寝ネコ様→駄文をほめていただきありがとうございます。「偉大な父」と名を残すにはいささかコミカルなエピソードでした・・。

    威風堂々様→現在人生40年なのでちょうど折り返し地点で主役になれたという事ですね(笑)。

    パシリーヌ様→敗因を分析されると辛くなりますので・・。

    吾亦紅様→うれしい褒め言葉をありがとうございます。そう感じて読んで頂けるように書いてみたので趣旨を汲んでくださり嬉しいです。 -- ポール 2014-10-14 (火) 12:28:56

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